NCCNガイドラインコメント
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この NCCN ガイドライン日本語版「前立腺がんの早期発見」の翻訳は、酒井英樹(長崎大学)が監修した。

日本泌尿器科学会は、 わが国における前立腺癌の最適なスクリーニングシステムの普及と均てん化を目的に「前立腺がん検診ガイドライン」を出版している。 日本泌尿器科学会のガイドラインは、前立腺がん検診ガイドライン作成委員会が臨床的な視点から見て科学的に質の高い文献を選別し、 現在の日本国内における前立腺がん検診実施の際のインフォームドコンセント、検診・診断の際に役立つ実践的なガイドラインである。 一方、今回、日本語版の監修に携わった NCCN ガイドラインは、最新の研究内容を取り入れ、 米国における前立腺癌早期発見についての詳細な癌診断ストラテジーを提案している有用なガイドラインである。

本ガイドラインに記載されている内容は、米国の医療技術と医療経済を背景としている点に留意する必要がある。

本ガイドラインは、前立腺癌スクリーニングの是非について言及しているものではなく、 米国において早期発見プログラムに参加することを選択した男性を対象にしたものであり、 スクリーニングを実施する医療者とその受検者のための日常診療における補助的な役割を担うガイドラインとして開発された。 最新の情報をもとに、臓器に限局している早期前立腺癌を最大限に検出し不要な手技を最小限に抑えるために、 スクリーニングからその後の精密検査までの一連の戦略について有益な情報を提供する事を目的としている。

本ガイドラインをわが国で適用するには、スクリーニングシステムの違い、早期発見プログラムの国民の理解度・普及率の差、 早期癌診断システムの違いなどについて、理解した上での使用が好ましい。

日本の早期癌発見システムの現状に即しており、また検診の参加候補者に対する情報提供にまで言及している、 日本泌尿器科学会編集の「前立腺がん検診ガイドライン」を基盤に、本ガイドラインについては、 上記のような日米間での違いを理解した上で、日常診療において参考にする事が適切である。

( 文責:一般社団法人日本泌尿器科学会 )

【和訳文について】
和訳文の作成にあたっては原文に忠実な翻訳を原則としたが、日米の表現法の相違、用語の定義の相違などのために、 直訳では誤解を生じる恐れがあるものについては、日本語として適切に判断される表現に置き換えた。

<訳出例>

原文:baseline PSA value
和訳文:ベースラインPSA値
[ 説明 ] 検診対象者の比較的低い年齢層における PSA値で、その時点での客観的な前立腺癌罹患リスク予測の指標として、 その後の検診受診戦略に影響を与えるPSA値を、ベースラインPSA値と呼ぶことが通例である。 これまでの研究で、個人のベースライン PSA値は、将来の前立腺癌罹患危険因子として、 他の既存の危険因子(人種・家族歴)を超える重要な指標として紹介されている。一方、 日本泌尿器科学会の「前立腺がん検診ガイドライン:2018年版」では「PSA基礎値」と表記されており、 2014年版の本ガイドラインにおいても「PSA基礎値」との和訳文を用いていたが、 原文の直訳によっても正確に意味が伝わるものと考え、上記のように訳した。

原文:%f PSA
和訳文:F/T PSA比
[ 説明 ] 総 PSA に対する遊離型または非結合型で血中に見出される PSA の割合であるが、 原文の「%f PSA」という表現は日本の日常診療であまり用いられておらず、また、算出の分母が不明瞭になるため、 日本語版の本文中では、臨床でよく使用される「 F/T PSA 比」と訳した。

原文:shielding (or "caging")
和訳文:覆い隠される
[ 説明 ] PSA はα 2 マクログロブリン( AMG )と結合した場合( PSA ‐ AMG 結合体)、 AMG により PSA の抗原エピトープ部分がシールディング(あるいはケージング)され、従来の PSA 測定法では測定できない。 この言葉は、免疫・細胞領域の研究で用いられている用語であるが、 日本語版では理解しやすい言葉である「覆い隠される」と訳した。

原文:PSAD
和訳文:PSAD
[ 説明 ] PSA 値( ng/mL )を、一般的に経直腸的超音波検査( TRUS )によって測定した 前立腺容積( cm? )で除したものである。 2011年版までの本ガイドライン監訳中には「前立腺特異抗原濃度」と直訳されていたが、血清中のPSA値と混同される可能性があり、 日本の診療で用いられる略語である「 PSAD 」をそのまま日本語版の本文中に用いた。

原文:Targeted Biopsy
和訳文:狙撃生検
[ 説明 ] 経直腸的超音波検査( TRUS )あるいは磁気共鳴画像(MRI)で画像上疑わしい部位があった場合、 その部位を狙っておこなう生検のことであるが、上記のように訳した。

原文:atypia
和訳文:異型腺管
[ 説明 ] 基底細胞層が存在する HGPIN (高悪性度前立腺上皮内腫瘍)とは異なり、小型で単一細胞層の腺房がその特徴であり、 生検標本に存在する腺が極めて少ないため、明確な癌の診断を確立することはできない病理学的な所見のことで、上記のように訳した。

【本ガイドラインをわが国で適応する際の注意事項】
日本泌尿器科学会の編集した 「前立腺がん検診ガイドライン:2018年版」 を参考に、本ガイドラインをわが国で適用するに際し、 以下に考慮すべき重要な点について記載する。

[ 概要 ]
「前立腺癌は米国人男性に最も多く診断される癌であり、癌死因の第2位である。 2019年には174,650人の男性が前立腺癌と診断され、31,620人が本疾患で死亡すると推定されている」

[ 解説 ]
日本の2019年の男性癌罹患数予測では、前立腺癌罹患数は78,500人であり、大腸癌、胃癌、肺癌に次いで第4番目であった。 (国立研究開発法人 国立がん研究センター:がん対策情報センター:2019年のがん統計予測:がん情報総合サイト「がん情報サービス」)。
日本における2019年の男性癌死亡数予測によると、前立腺癌死亡数は12,600人であり、肺癌、胃癌、大腸癌、膵臓癌、肝臓癌についで6番目に多い (国立研究開発法人 国立がん研究センター:がん対策情報センター:2019年のがん統計予測:がん情報総合サイト「がん情報サービス」)。


[検査に関する実際的な考慮事項] [検査の開始年齢][検査の頻度]
「当委員会の大半のメンバーは、45歳の時点で十分な情報を提供した上での検査を開始する方針が望ましいと考えている。PSA値が1.0ng/mL以上の男性では1〜2年間隔、 1.0ng/mL未満の男性では2〜4年間隔での再検査が推奨される。」

[ 解説 ]
日本泌尿器科学会の「前立腺がん検診ガイドライン:2018年版」では、 海外の50〜64歳を対象とした無作為化比較対照試験および50〜54歳を対象としたコホート研究において、PSA検診実施に伴う死亡率低下が証明されていることから、50歳からの 検診受診を推奨している。
また、費用対効果の観点からPSA基礎値が1.0ng/mL以下の受診者では3年後、1.1ng/mL〜カットオフ値の受診者では1年後の検診受診を推奨している。

[検査に関する実際的な考慮事項][検査の中止年齢]
「76歳以降のスクリーニングの継続は、徴候や症状が現れるまで放置すると重大なリスクとなる活動性の高い少数の癌を発見することを目的として、注意を払った上で、併存症がないかほとんどない健康状態が非常に良好な患者のみ(特にPSA検査を受けたことがない場合)を対象とするべきである(76歳以降のスクリーニングの継続はカテゴリー2B)。」

[ 解説 ]
日本では米国と比べてPSA検査曝露率が低いため、現時点では画一律的な年齢上限を設定することは困難である。 よって、暦年齢のみで検診受診を中止すべきではないが、今後、日常生活の独立度、栄養状態、合併症に照らし合わせた検診中止判断基準の構築が期待される。


[バイオマーカー検査:PSA関連検査とその他の検査] [年・ヲK層別および人種別PSA基準範囲]
「前立腺癌の早期発見においてこれらの年齢階層別および人種別のPSAカットオフ値が果たす正確な役割はいまだ不明である。 当委員会は、これらの範囲のルーチンの採用については何の推奨も示していない。」

[ 解説 ]
日本人においても、年齢階層別PSA基準値の有用性について確定的な証拠はない。 しかし、PSA値は年齢とともに上昇することが知られており、70未満の年齢層における前立腺癌診断の感度改善と適切な治療マネジメントを目的として 年齢階層別カットオフ値(50 歳〜 64 歳:3.0ng/mL 、 65 歳〜 69 歳:3.5ng/mL 、 70 歳以上:4.0ng/mL)が提案され、その有用性が示唆されている(前立腺がん検診ガイドライン:2018年版)。

[バイオマーカー検査:PSA関連検査とその他の検査] [PCA3]
「FDAは、過去に前立腺生検で陰性と判定された50歳以上の男性において 再生検が必要か否かを他の因子とともに決定する際の参考検査として、PCA3の測定を承認している。」

[解説]
日本では、臨床研究の段階で有用性を示唆する研究成果が出ているが、 体外診断薬としての臨床使用のめどは立っていない。 (Okihara K, Ochiai A, Kamoi K, et al. Comprehensive assessment for novel prostate cancer markers in the prostate-specific antigen era: focusing on Asians and Asian countries. Int J Urol. 2015; 22: :334-41.)


[バイオマーカー検査:PSA関連検査とその他の検査] [Prostate Health Index(PHI)]
「PHIは、血清PSA値が4〜10ng/mLの男性を対象として、2012年にFDAによる承認を受けた。」

[解説]
日本では、臨床研究の段階で有用性を示唆する研究成果が出ており (Ito K, Fujizuka Y, Ishikura K, Cook B. Next-generation prostate-specific antigen test: precursor form of prostate-specific antigen. Int J Clin Oncol. 2014; 19: 782-92.)、 体外診断薬申請へ向けた、[-2]proPSA関連インデックスの前立腺癌診断における有用性を検証する、 国内多施設共同研究(臨床試験登録:UMIN000016934)が進行中であるが、今後の承認のめどは未定である。


[バイオマーカー検査:PSA関連検査とその他の検査] [4Kscore®]
「当委員会のコンセンサスは、生検前の患者と過去に生検で陰性と判定されたが 臨床的に重要な前立腺癌のリスクが高いと考えられる患者では、この検査を考慮してもよいというものである。 ただし、4Kscoreは至適なカットオフ値が確立されていないことを患者と泌尿器科医が理解しておくことが重要である。 4Kscore検査を実施する場合は、患者と泌尿器科医は結果について話し合い、生検に進むかどうかを決定すべきである。」

[解説]
日本では、臨床研究の段階で有用性を示唆する研究成果が出ているが、 体外診断薬としての臨床使用のめどは立っていない。


[バイオマーカー検査:PSA関連検査とその他の検査] [ConfirmMDx]
「当委員会は、再生検で前立腺癌と診断されるリスクが高い個人をこの検査で同定できる可能性があることから、 再生検を検討している男性に対する選択肢としてConfirmMDxを考慮できると考えている。」

[解説]
日本では、臨床研究の段階で有用性を示唆する研究成果が出ているが、 体外診断薬としての臨床使用のめどは立っていない。


[生検の方法] [初回生検]
「系統的な経直腸的生検を施行する場合、当委員会は、少なくとも12カ所の多部位コア生検(辺縁部の内側および外側6カ所と異常部位を狙撃)の施行を推奨する。この多部位生検の方法に関しては妥当性の検証が済んでおり、6カ所生検法と比較して癌の検出率を向上させる。前立腺前方部への生検はルーチン生検での実施は支持されていない。しかし、PSAが持続的に上昇している場合には、多部位生検のプロトコルに移行域の生検を追加することを考慮してもよい。」

[ 解説 ]
日本では、経会陰的生検を実施している施設も多く、 その場合比較的容易に前立腺前方(腹側)の組織採取が可能である。前立腺の前方部のみに検出されるがんが多いことが報告されており ( Ito K, Ohi M, Yamamoto T, et al. The diagnostic accuracy of the age-adjusted and prostate volume-adjusted biopsy method in males with PSA levels of 4.1 to 10.0 ng/ml. Cancer. 2002; 95: 2112-2119.)、 経会陰的生検では初回生検より、前立腺前方への生検を行うことも多い。


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