NCCNガイドラインコメント
◎膵 癌(腺 癌) close

このNCCNガイドライン日本語版「膵腺癌」(2021 年 第 2 版)の翻訳は、日本膵臓学会が監訳した。

 膵癌患者の数は年々増加傾向にあり、わが国の膵癌患者の死亡数は肺癌、大腸癌、胃癌についで第4位となっている。また米国でも同様に増加傾向にあり、2030年までに同国の癌死亡数の第2位になると言われており、日米両国ともに膵癌の制御は非常に大きな課題となっている。膵癌患者の予後はいまなお非常に厳しい状況ではあるが、本疾患に対する診断、治療は確実に進歩し続けており、最新のデータに基づく新たな診療指針(ガイドライン)の策定はいずれの国においても重要である。

 今回、日本語版の監修に携わった NCCN ガイドラインは、米国における膵癌の診断治療に関する指針であり、今回は2021年第2版の翻訳を行った。今回の2021年第1版から第2版の改訂では、前半のアルゴリズム部分は一切変更されていないため、診断や治療の指針に関しては従来通りの内容となっている。ただし後半の「考察」は一部(概要、危険因子と遺伝的素因、膵臓の前癌性病変、および局所進行例または転移例に対する全身療法のアプローチ)が更新されている。この後半部分(考察)は長く更新がされていなかったものであるため、今回の改訂は一部ではあるもの前半のアルゴリズムの推奨の根拠がより明確となり、かつ最新情報が入手可能となっている。以下にこのNCCNガイドラインの特徴や本邦ガイドラインとの主な相違についてまとめてみた。


 NCCNガイドラインでは癌確定時に遺伝性癌症候群を検索する包括的な遺伝子パネル検査を用いた生殖細胞系列遺伝子検査と、陽性の場合には遺伝カウンセリングを推奨している。また癌治療開始前には頻度の低い変異を同定するための腫瘍細胞での体細胞遺伝子プロファイリングが推奨されており、腫瘍組織での検査が不可能な場合はcell-free DNA検査を提案している。わが国でも最近、がん遺伝子パネル検査および生殖細胞系列BRCA1/BRCA2 遺伝子検査等が実施可能となっており、現在改訂作業中の膵癌診療ガイドライン2022では我が国の実態に即した推奨が盛り込まれる予定である。

 切除可能膵癌に関しては、NCCNガイドラインでは術前補助療法の是非に関しては明確な推奨が示されておらず、特定のレジメンを推奨するにはエビデンスが限られていると記載されている。わが国のガイドラインでは本邦で行われた臨床試験の結果をうけて、術前補助療法としてゲムシタビン塩酸塩+S-1併用療法の実施が提案されている。NCCNガイドラインには「術前補助療法後の切除の基準」のページが設けられていることから、明確な推奨はないものの米国においても術前補助療法が繁用されつつあることが推測される。腹腔鏡下膵切除術についても、NCCNガイドラインでは明確な推奨は示されておらず、腹腔鏡下膵尾側切除術の役割が拡大してきているとのみ記載されているが、我が国のガイドラインでは比較的明確な指針が示されている。また術後補助療法に関しては、NCCNガイドラインではゲムシタビン塩酸塩+カペシタビン併用療法、およびmodified FOLFIRINOX療法が強く推奨されているのに対して、わが国ではS1単独療法が第一選択肢とされており、両ガイドライン間において推奨レジメンに相違が認められる。

 局所進行切除不能膵癌に対する治療に関して、わが国のガイドラインでは本邦および海外で行われたランダム化比較試験の結果より、ゲムシタビン塩酸塩+エルロチニブ併用療法は推奨していないが、NCCNガイドラインでは今回も選択肢として記載されている。局所進行切除不能膵癌および遠隔転移を有する膵癌に対して、わが国では本邦で実施されたランダム化比較試験の成績よりS-1単独療法が選択肢の1つとして提案されているが、欧米ではS-1に関する臨床試験が実施されておらず、NCCNガイドラインには記載されていない。

 遠隔転移例に関しては、NCCNガイドラインでは以下の2点が2020年版より盛り込まれている。1つ目は、遠隔転移例に対して維持療法(Maintenance therapy)の概念が導入され、4-6か月の1次化学療法後に病状進行がなく忍容性がある場合に推奨されうる治療選択肢が明示された。これは、プラチナベースの1次化学療法を開始した生殖細胞系列BRCA1/2変異陽性患者に対する維持療法として、オラパリブとプラセボを比較した第3相試験の結果を受けたものである。わが国でもオラパリブが最近承認となっており、現行ガイドラインの部分改訂が行われた。2つ目は、遺伝子プロファイリングやMSIなどの変異に基づいて推奨される分子標的治療薬や免疫療法が、2次治療だけでなく、PS不良例に対する1次治療の選択肢としても挙げられている。わが国ではこれらの検査は1次治療前の実施は保険上難しい状況にあり、現時点では1次治療として推奨されるか否かの議論は行われていない。一方我が国のガイドラインではNCCNガイドラインにはほとんど述べられていないステント療法に関して詳述されており、その手技やデバイスについての具体的な推奨が盛り込まれている。


 このように日米両国のガイドラインには推奨や記載内容に若干の違いが認められる。その多くは膵癌に対して実施された臨床試験の相違や、診断・治療の承認状況、医療環境の隔たり、体格の差などに起因している。その点に注意しながら今回の翻訳版をご覧いただき、膵癌診療にお役立ていただければ幸いである。

2022年3月1日
文責:日本膵臓学会監訳者

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