NCCNガイドラインコメント
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このNCCNガイドライン日本語版「肛門癌」の翻訳に関しては、大腸癌研究会のガイドライン委員会が監修したものである。

わが国の肛門癌の発生頻度は詳らかでないが、大腸癌研究会の登録システムに登録された大腸癌77,771例(1974〜94年)のうち肛門管癌は1345例(1.7%)、肛門周囲皮膚癌は55例(0.07%)であり、全消化管癌の1.9%を占めるとされる米国の肛門癌の発生頻度よりもかなり低率である。

このようにわが国の肛門癌はきわめて低頻度であるとともに、米国の肛門癌とは組織型の分布に差がある。米国では肛門癌の大部分は扁平上皮癌であり、本ガイドラインが対象とするのは総排泄腔原性、移行上皮型、大細胞性非角化型、大細胞性角化型、類基底細胞型などの亜型を含む広義の扁平上皮癌である。一方、わが国の肛門癌の多くは腺癌である。上述の大腸癌研究会のシリーズでは、肛門管癌の78.3%が腺癌であるのに対して、扁平上皮癌(類基底細胞癌を含む)は18.0%のみであり、これとは別に大腸癌研究会が行った肛門癌に関するアンケート調査(2003年)によれば、扁平上皮癌(類基底細胞癌を含む)は16.3%であった。このような希少性から、わが国には多数例を対象とした前向き研究やランダム化比較試験による研究はなく、海外の研究で示されたエビデンスに依存せざるをえない状況にある。

本ガイドラインは肛門扁平上皮癌について系統的にレビューされたエビデンスが適切に要約されており、わが国でエビデンスに基づいた肛門癌の診療を行う際の有用な情報源であると考えている。治療アルゴリズムのポイントは、Stage I〜III 肛門管癌の初回治療としては化学放射線療法が推奨されており、腹会陰式直腸切断術をsalvage surgeryに位置づけていること(T1-2, N0肛門辺縁癌では局所切除を初回治療として推奨している)、および併用化学療法には5-FUまたはカペシタビン+Mitomycinが推奨されていることである。わが国における肛門扁平上皮癌治療の実態は明らかでないが、化学放射線療法に関する多施設データの後ろ向き研究では欧米と同等の治療成績も報告されている。

一方、実臨床において本ガイドラインを参照する際には、記載されている化学放射線療法の治療スケジュールを原法のまま外挿することが可能か否かは十分には確認されていないことに留意する必要がある。2010年、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)は、Stage II/III肛門管扁平上皮癌に対する化学放射線療法の第I/II相試験を開始し、2015年3月に登録を完了した。主解析結果が近い将来に発表される予定である。大腸癌研究会は、適正に計画された臨床試験を通して、わが国の肛門癌治療に関するエビデンスを創生してゆくことを支持している。

翻訳内容は十分に吟味したが、翻訳に関する問題点があればご指摘いただければ幸いである。

(文責 大腸癌研究会ガイドライン委員会)

注)肛門部の定義について
本ガイドラインは、肛門部 (anal region) を肛門管 (anal canal)と肛門辺縁 (anal margin) に分けて記載している。両者の境界は肛門縁 (anal verge) である。このうち(機能的)肛門管はanorectal ringから肛門縁までと規定されており、大腸癌取扱い規約の肛門管(P)と一致している。一方、大腸癌取扱い規約で肛門周囲皮膚 (E )としている領域のうち肛門縁から半径5cm以内を肛門辺縁と規定しているのは本ガイドライン独自の定義である。しかし、肛門部に関する解剖学的定義は「結腸と直腸の区分」のような日本と欧米との相違はない。

【和訳文について】
和訳文の作成にあたっては原文に忠実な翻訳を原則としたが、日米の表現法の相違、用語の定義の相違などのために、直訳では誤解を生じる恐れがあるものについては、日本語として適切に判断される表現に置き換えた。

訳出例

Anal margin, anal margin cancer
肛門辺縁、肛門辺縁癌
[説明]  わが国では一般にanal marginは「肛門側切除断端」を意味する。本ガイドラインのanal marginは肛門縁から半径5cm以内の肛門周囲皮膚である。ここではanal marginを肛門辺縁、anal margin cancerを肛門辺縁癌とした。

Early-stage
進行度の低い
[説明]  本ガイドラインではearly stageを「TisとT1」と規定して使用しているが、肛門癌のTNM分類でT1は「腫瘍径が2cm以下の腫瘍」でありSM癌ではない。“early-stage”とわが国の「早期癌」とは異なるものであり、混乱を避けるため「進行度の低い」とした。

Metastatic disease
遠隔転移癌
[説明]  大腸癌のmetastatic diseaseと同様に、切除不能な転移病変の意であるが、肛門癌では大腸癌ほど遠隔転移巣切除の有効性が明確に示されていなことから、技術的に切除可能な病変も含まれる可能性がある。ここでは、リンパ節転移以外の転移病変という意味で「遠隔転移癌」とした。

Persistent disease
不変
[説明] 本ガイドラインでは、化学放射線療法の治療効果をprogressive disease(進行)、 complete remission(完全寛解)と persistent diseaseの3カテゴリーに区分している。Persistent diseaseは、癌遺残はあるが増大はしていないというカテゴリーである。直訳では意が伝わりにくいので、「不変」と訳した。

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