NCCNガイドラインコメント
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このNCCNガイドライン日本語版「膵腺癌」(2016 年 第 2 版)の翻訳は、日本膵臓学会が監訳した。

 国立がん研究センタ−のがん登録・統計によれば、がんの部位別死亡者数では2013年に膵臓は、肺、胃、大腸についで第4位となり、2014年も引き続き第4位である。2016年膵がん罹数予測は40,000人であり、膵がんによる予想年間死亡者数は33,700となっている。5年相対生存率は男性:7.9%、女性:7.3%、10年相対生存率は男性:4.6%、女性:4.8%であり、膵がんは予後不良の難治性固形癌の代表とされ、21世紀に残された消化器癌といわれている。その診断法や治療法の進歩による成績の改善が急務とされる。
 今回、日本語版の監修に携わった NCCN ガイドラインは、米国における膵癌の診断治療に関するガイドラインである。一方、日本膵臓学会は、膵癌診療ガイドライン2016(改訂4版)を2016年10月に発刊した。今回は世界的にガイドライン作成の手法として用いられているGRADEシステムに準じる改訂となっている。
 米国のNCCNと我が国の診療ガイドラインを比較してみると、少なからず違いがあることが分かる。これは、NCCNは専門家のコンセンサスであるのに対して、膵癌診療ガイドライン2016はGRADEシステムに準じて作成されたガイドラインであることや、医療制度(特に保険制度)の相違を反映していると考えられる。以下、相違点について述べてみる。

 NCCNガイドラインのフローチャートは診断から治療まで一つながりで、それを細かく樹枝状に分けて示している。一方、我が国のガイドラインでは診断、治療、化学療法のアルゴリズムの3つに分かれている。
 NCCNでは化学療法や放射線療法を開始するに当たっては、組織学的診断を必須とし、一方、外科切除に関しては組織学的診断のための遅れは膵癌の根治の可能性を阻害するとして、組織学的診断を義務づけていない。我が国では画像診断での膵癌診断が重要視され、組織診断を重視しない傾向にあったが、昨今は組織学的診断の必要性が認識されるようになってきている。そうした医療環境の変化を反映して、我が国のガイドラインでも組織診断の重要性の記述が盛り込まれている。
 NCCNガイドラインでは病期診断のための検査法の1つとして腹腔鏡検査を挙げており、画像診断でも見逃される可能性のある腹膜への播種巣や肝被膜下に点在する転移性腫瘍を同定することができるため有用であるとしている。一方、我が国では診断のための腹腔鏡検査はあまり普及していない。洗浄細胞診陽性はNCCNガイドラインではM1(遠隔転移)として扱うのに対して、日本では洗浄細胞診の位置づけは現在、そのようになっていない。第6版膵癌取扱い規約より開腹後の洗浄細胞診が取り上げられ、今後、全国的にデ−タを収集し、検討することが期待される。NCCNでは今回、診断、画像検査および病期分類に必要な膵癌画像検査報告用テンプレ−トが盛り込まれ、必要な所見をもれなく記載できるように工夫されている。

 治療のアルゴリズムではNCCNガイドラインは患者の状況、stage、resectability分類している。膵癌診療ガイドライン2016では日本膵臓学会の第7版膵癌取扱い規約によるステ−ジ分類(cStage)を用いてcStage0,I,II,III,IVに分類し、次にresectability(切除可能性)によりresectable(R), borderline resectable (BR)、unresectable (UR) (locally advanced(UR-LA), metastatic(UR-M))に分類している。
 NCCNのStage分類と日本の膵癌取扱い規約のStage分類と、またNCCNのresectabilityと日本の膵癌取扱い規約のresectabilityと現在、ほぼ整合性がとれてほぼ、同じようになっている。NCCNガイドラインと膵癌診療ガイドラインとでともにBR膵癌に対する術前補助療法についてホットな議論がなされている。

 膵癌に対する化学療法として、現在、我が国の診療ガイドラインではS-1は有効な抗がん剤の一つとされているが、米国ではS-1の有害事象が我が国に比べて高度で、NCCNガイドラインでは替わりとしてカペシタビンが期待されている。膵癌に対する1次療法としてNCCNガイドラインでは遺伝性膵癌患者に対するFOLFIRINOXの代替レジメンとしてゲムシタビン+シスプラチン(カテゴリ−2A)が追加されたが、我が国ではこの点には触れられていない。非切除膵癌の二次療法がNCCNガイドラインではアルゴリズムとして今回、”フッ化ピリミジン系ベ−スの治療歴のある場合”と”ゲムサイタビンベ−スの治療歴のある場合”に分けられて述べられている。この点は我が国の膵癌診療ガイドライン2016でも同様の内容となっている。
 また、NCCNガイドラインでは非切除膵癌の2次療法に1次治療としてゲムシタビンベ−スの治療を受けたことがあるものに対してNAPOLI-1試験の結果を受けて、イリノテカンリポソ−ム+5-FU/ロイコボリンがカテゴリ−1で推奨されている。この点は我が国では触れられていない。次回、改訂の検討かと思われる。NCCNガイドラインで、術後補助療法として説明の中ではあるが、我が国を中心に行われたJASPAC-01の結果が詳細に紹介されている。

 NCCNガイドラインではCONKO-004の結果から、エノキサパリンによる症候性深部静脈血栓塞栓症の低下がみられたことを記載している。ただ、PFSやOSの改善はみられなかったため、エノキサパリンの予防投与を推奨はしていない。米国では肥満患者が多く、深部常務悪血栓塞栓症が我が国以上に問題となっていることの反映かと思われる。膵癌診療ガイドライン2016では膵癌患者の深部静脈血栓塞栓症に対する抗血栓療法については触れられていない。次回の改訂で検討される課題かと思われる。

 NCCNガイドラインを参照する際には、こういった日本と欧米の医療環境や医療事情の相違による推奨の違いがあることを理解する必要がある。
 翻訳に関する問題点、ご意見があれば、ご指摘いただければ幸いである。

2016年12月16日
文責:日本膵臓学会監訳者

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