NCCNガイドラインコメント
◎小細胞肺がん ※非小細胞肺がんのコメントと同内容です close
「日本肺癌学会肺癌診療ガイドライン」と「 NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン」との相違点についてのコメント

はじめに
 「肺癌診療ガイドライン」は、発刊にあたり、 厚生労働省医療技術評価総合研究事業「 Evidence Based Medicine ( EBM )の手法による肺癌の診療ガイドライン策定に関する研究」班が 2001 年度に発足し, 2 年間にわたる検討を重ねた結果, 2003 年 3 月その初版が刊行された。 2004 年(翌年)、著作権が研究班から日本肺癌学会に委譲されたことにより、その後の改訂編集は当学会で行うこととなった。そのため、第 2 版は 2005 年に 日本肺癌学会肺癌診療ガイドラインとして上梓された。第 2 版においては、 術後補助化学療法について変更が加えられた。従来、術後補助化学療法については否定的であったが、それに関する大規模臨床試験での positive な結果を受け、肯定する方向に大きく流れが変わり、日常臨床において術後補助化学療法による利益・不利益を十分に説明する義務が出てきたためである。

 その後も、数多くの重要な臨床試験が行われており、日本肺癌学会としても、その結果に基づいたガイドラインの早期改訂の必要性を十分認識し、ガイドライン検討委員会およびワーキンググループを中心に、鋭意改訂作業を続けてきた。しかしながら、 2009 年 11 月の学術総会までに総ての項目を見直し、改訂すべきところは改訂するとした当初の目標は達成せず、いかに最新情報を反映させたガイドラインを素早く作成するかが課題となった。このような状況において日本肺癌学会常任理事会に、 2010 年 9 月、財団法人先端医療振興財団 臨床研究情報センターより NCCN ガイドライン監訳の話が持ち込まれた。 National Comprehensive Cancer Network(NCCN) は全米を代表する21のがんセンターからなる非営利組織であり、本組織が作成している診療ガイドラインは年 1 回以上の改訂が行われ、世界的に最も広く利用されているものである。それ故、当学会がその監訳業務を引き受けることにより NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインの特徴や改訂方法などを体験することは重要であると考え、 2010 年 11 月の理事会での 承認を経て、監訳業務を受託することとなった。

 一方、肺癌診療ガイドラインについては、その後 2010 年 11 月の日本肺癌学会総会までには、第 3 版を上梓予定であったが、当学会には NCCN のような専属の著述者もおらず、忙しい臨床の傍ら改訂作業を行っているワーキンググループの面々は自身の分担部門の執筆に加え、非分担部門の査読をも同時に行っているため、作業に時間がかかり、第 3 版は現在も完成していない。この状況を受け、ガイドライン検討委員会と常任理事会との協議の結果、完成した項目より随時、理事会の承認を経て、日本肺癌学会ホームページに公開することとなった。

 これまでに理事会の承認を得た項目は、まず、「 IV 期未治療非小細胞肺がんの初回治療」と「 IV 期非小細胞肺がんの 2 次治療以降」であり、 2010 年 10 月 21 日にホームページに公開された。続いて、 2010 年 11 月 26 日に、第 2 版まで診療ガイドラインの中にあった集団検診については、別項をたて「肺癌集団検診ガイドライン」としてホームページに公開した。これについては、ガイドライン検討委員会の高い見識に依るところが大きい。また、小細胞肺がんについては 2011 年 1 月 20 日に「小細胞肺がん( LD,PCI )」、 2011 年 3 月 3 日に「進展小細胞肺がん」、「再発小細胞肺がん」と 2 回に分けて公開した。

 これら ホームページに公開されたガイドラインはすべて 2010 年版となっているが、公開の時期から推測できるように、非小細胞肺がんについての最終文献検索は 2009 年 8 月 31 日であり、進展小細胞肺がんに関しては 2010 年 12 月 28 日である。したがって非小細胞肺がんについては 、 いくつかの重要な臨床試験の結果が反映されていない。

 なお、 NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインについては 2010 年第 2 版の監訳である。

 本コメントにおいては、読者の日常臨床における注意喚起を促す目的のため日米両者の相違点を主に述べることにする。また、両者の医療制度の違いから使える薬剤やその使い方に差があることについても十分留意して読んで頂きたい。
小細胞肺癌について

 「 NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン 小細胞肺癌」は、目次にあるように、小細胞肺癌の病期診断、初回評価、初回治療、二次治療、サーベイランスについてそれぞれ詳細に記載されている。さらに、肺神経内分泌腫瘍に関する項目も追加されている。また、 NCCN 小細胞肺癌委員会により、ガイドライン全体が統一された構成となっている。一方、「日本肺癌学会肺癌診療ガイドライン - 小細胞肺癌 - 」は、「小細胞肺がん( LD 、 PCI )」、「進展型小細胞肺がん」、「再発小細胞肺がん」の3部から構成されており、具体的な治療に特化した記載になっている。これらの3部は、担当者が異なるためか、内容の詳しさ、用語や言い回しなどに違いがあり、統一性に欠ける。ただ内容はシンプルでわかりやすい。

 NCCN の推奨グレードには、エビデンスレベルとともに NCCN 小細胞肺癌委員会でのコンセンサスが重要視されており、委員の意向を反映した印象を受ける。「日本肺癌学会肺癌診療ガイドライン - 小細胞肺癌 - 」は、あくまで客観的事実に基づこうとする姿勢がうかがえる。

「小細胞肺癌( LD 、 PCI )」について
 日本肺癌学会ガイドラインと NCCN ガイドラインとの相違点はとくに見当たらない。

「進展型小細胞肺がんについて
 最大の違いは、イリノテカン+シスプラチン療法の位置付けである。 NCCN ガイドラインでは、イリノテカン+シスプラチン療法を推奨治療のひとつとしているものの、標準治療であるエトポシド+シスプラチン療法に優るものではないとしている。日本肺癌学会ガイドラインでは、日本の臨床試験の結果に基づき、イリノテカン+シスプラチン療法を第一選択として、支障がある場合にエトポシド+シスプラチンを推奨している。

「再発小細胞肺がん」について
 とくに相違点は見当たらない。
IV 期未治療非小細胞肺がんの初回治療と 2 次治療以降 について

 本第 3 版において、肺癌診療ガイドラインとしては、初めて樹形図を用いた治療法の選択を試みている。緊急的治療(悪性胸水や心のう水などでドレナージを要するなど)が不要な患者については、まず、 Epidermal Growth Factor Rector (EGFR) の遺伝子変異の有無を調べ、次に全身状態( PS )にて分類することが、 NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインとの大きな違いである。因みに NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインでは緊急的治療の有無の次に PS にて分類し、大項目として EGFR の遺伝子変異の有無はない。これは、米国において EGFR 遺伝子変異を有する 非小細胞肺がん患者が 10% 以下と少ない一方、わが国においては 30 〜 40 %の患者にその遺伝子変異が見出されること、および遺伝子変異検査が保険で認められていることに起因するものと思われる。また、この遺伝子変異には人種差が存在することは周知であるので、それを考慮すると当ガイドラインがアジア人(特に東アジア人)に対し優れたものであるならば、 人種の坩堝といわれる米国においても アジア人(特に東アジア人)の IV 期非小細胞肺がん診療においては 参考になるかもしれない。初回及び 2 次治療以降の化学療法剤について両ガイドライン間に大きな差異はないが、 EGFR-TKI について当ガイドラインでは EGFR 変異陽性例の初回治療において第 III 相試験で用いられたゲフィチニブを主に用いる記載となっている。しかしながら米国においてはゲフィチニブの認可が取り消されたため、エルロチニブのみの記載である。(ただし、我が国の 2010 年 10 月 1 日現在におけるゲフィチニブ錠の添付文書の効能・効果に関連する使用上の注意では「本剤の化学療法未治療における有効性及び安全性は確立していない」との記載のままである。)

 NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインと 日本肺癌学会 肺癌診療ガイドラインのもう1つの大きな相違点は、前者には維持療法の項目があるのに対し、後者では本項目について全く触れていないことである。共に 2010 年度版ではあるが前述したように後者は 2009 年 8 月 31 日で文献検索を終了しているためである。

 NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインの維持療法には継続維持療法( Continuation maintenance )と切り替え維持療法( Switch maintenance )の説明がある。

 継続維持療法とは従来の化学療法との併用で一次治療にて投与された薬剤を 4 〜 6 サイクル投与後も病勢進行または許容できない毒性を認めるまで継続投与するもので、ベバシズマブやセツキシマブなどの生物学的製剤が当てはまる。両剤とも推奨グレードはカテゴリー1であり、高レベルのエビデンスに基づく推奨で NCCN の統一したコンセンサスが存在する。ただし、セツキシマブについてはわが国では肺癌治療において保険上の適応はない。また、 日本肺癌学会 肺癌診療ガイドラインでは初回治療の項目にベバシズマブを用いた併用療法の考慮を推奨しているが、継続維持療法には触れておらず、説明すべきであったと思われる。

 切り替え維持療法については 4 〜 6 サイクルの一次化学療法後にペメトレキセドまたはエルロチニブを開始する治療法で、前者の対象は非扁平上皮癌である。両剤ともカテゴリー 2B であり、比較的低レベルのエビデンスに基づく推奨で NCCN の統一したコンセンサスは存在しないものの大きな意見の不一致もないという推奨グレードである。またペメトレキセドは継続維持療法においても使用され、カテゴリーも同じく 2B である。

 本監訳を進めていくなかで NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドラインの中に数字の誤記を 2 か所 (原文 PREV-1, L1; more than 90% → 85 %、 MS-22, L11; less than 90% → 40 %)見いだし 、先方の事務局に訂正するよう要請したところである。 NCCN 側にとっても他国の複数の専門医による校正といった利点を享受したことになる。近い将来、 日本肺癌学会 肺癌診療ガインドラインも英文化し世界の肺癌医療に貢献できるよう早急に体制を整える必要がある。
 
肺癌集団検診ガイドラインについて

 1999 年以降に発表された我が国の比較的小規模な症例対照研究の結果では、胸部X線検診+喀痰細胞診による肺癌死亡の軽減効果が認められている ( 岡山県、新潟県、宮城県、神奈川県の各試験 ) 。しかしながら、よりエビデンスレベルの高い無作為化比較試験( 1970 〜 80 年代の Mayo Lung Project 、 Czechoslovakian Study など)では検診の有用性を証明したものは未だなく、日本肺癌学会による「肺癌診療ガイドライン 2005 年版」では「非高危険群に対する胸部X線検査および高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診の併用法」については、“推奨グレードC(推奨するだけの根拠がない)”とされた。これは他の治療指針の推奨グレード判定と同じ基準で判断された結果である。 U.S. Preventive Service Task Force の Lung Cancer Screening 2004 年改定版でも、わが国の症例対照研究の結果を踏まえて同検診法の推奨グレードを“D(行わないよう勧める)”から一段階上げたものの、“I(勧めることも勧めないこともしない)”にとどめられている。一方で、 2006 年に発表された厚生労働省班研究による「有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン」では、前述の国内症例対照研究の結果を特に重視し、上記検診法は“推奨グレードB(一定の有効性と許容範囲の不利益のため対策型あるいは任意型検診として推奨)”とされた。さて 201 0 年版の肺癌診療ガイドラインでは、検診については治療領域とは異なる視点から研究成果を評価する必要があること、また社会的インフラや精度管理が大きく影響することより我が国のガイドラインにはやはり国内の研究成果を重要視する必要があること等を鑑み、同検診法を“推奨グレードB(行うよう勧められる)”とした。よって研究手法や解釈の特殊性を考慮し、検診ガイドラインを他の診療ガイドラインとは独立して纏めている。

  低線量ヘリカル CT 検診は肺癌検出率において胸部X線検査に勝るものの死亡率改善効果を証明した比較試験は未だ一つしかなく、 NCCN ガイドラインでは“推奨グレード3(大きな意見の不一致がある)”、当肺癌診療ガイドライン 2010 年版では“グレードC(勧められるだけの根拠はない)”とされ、厚生労働省班研究「有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン」でも“グレードI(探索的研究での実施が勧められる)”とされている。米国で 2002 年から 2004 年にかけて集積された喫煙歴を有する被験者 53,456 人を対象とした大規模比較試験 National Lung Screening Trial は、現在進行中の試験では最も良くデザインされており、その発表が待たれるところである。この試験により無作為に割りつけられた低線量ヘリカルCT検診群と胸部X線検診群における肺癌死亡率(主要評価項目)、全死亡率、肺癌罹患率、肺癌症例における生存率・病期分布( 2 次評価項目)等の差異が明らかにされるであろうが、その一報が 2010 年 11 月にスポンサーである米国国立癌研究所から速報として発信された。低線量ヘリカルCT検診群で肺癌死亡率が約 20 %低く、全死亡率も7%低いという結果である。この試験の効果 安全性評価委員会からは早期中止の通達がなされるとともに、胸部X線群となった被験者には低線量CT検査を受けるよう促す通知がなされている。詳細は近々学術雑誌に発表される予定であるが、早晩、内外のガイドラインに影響を及ぼすことは必至と考えられる。

 がん検診の有用性に関する検証には莫大な 人的資源 、時間、費用がかかるため、発信された個々のエビデンスは非常に貴重な情報である。しかしながら、地域インフラストラクチャーの整備状況や公的支援体制などの社会的因子を考慮すると、エビデンスの蓄積が即、実社会に貢献できるとは限らない。ガイドライン策定においては、がん検診という社会事業の在り方にも影響を与えることより、単にエビデンスの解釈ではなく広い視野で臨む必要があろう。
 
2011年3月22日
文責:日本肺癌学会監訳者一同( 2009-2010 年度日本肺癌学会常任理事一同)
日本肺癌学会 ↑このページの先頭へ
close